本堂

正浄寺の本堂は明治12年(1879年)に当時の住職・門信徒によって再建された総欅造りの本堂です。「私たちの手で、私たちの寺を建て、如来さまの話を聞ける本堂を」を合言葉に基礎工事・用材の蒐集・運搬も住職や門信徒の手で行われ、十年の年月をかけて建立されました。それ以来、門信徒の誇りは限りなく、本堂での声高くお念仏が相続されております。

鐘楼

212貫(約800㎏)の梵鐘を吊しており、大晦日には除夜の鐘として多くの方が梵鐘を撞きにこられます。旧・栗山村(現・日光市)産の欅から、日光の宮大工である深谷七郎氏によって建立されました。

水舎

正浄寺の伽藍の中でも新しいもので、多くの方のご寄付により2002年に建立されました。

本堂の彫刻

越後の国に生まれ、会津で宮大工を学んだ後、佐久山阿久津家に養子となり、佐久山近郷に名作を残した阿久津仁吉の作品です。
本堂正面、階段上の牡丹籠彫一対は、3年の月日を要した大作です。他に正面親子抱龍、師子一対等も意匠が凝らされた素晴らしい作品です。

川越山額

伊藤博文や山県有朋、井上馨とならぶ明治の元勲で、浄土真宗の信仰厚い家庭に育った品川弥次郎(当時、農商務大臣次官)が、明治2年佐久山御坊本願寺兼帯所(現在の正浄寺)の再建を知り、拾五円(現在の価値で約30万円)の本堂再建懇志を上納し、記念に自筆の山号額「川越山」を寄進したものです。

糸桜・菩提樹

当山の糸桜は本願寺二十三代門主、勝如上人御手植のものです。
両郷龍念寺よりの根分けしたものです。
菩提樹は天明元年(1781年)、近江国日野の宿より島崎覚兵衛が持参して植えた。正浄寺と実相院にある。

親鸞聖人川越之像

御身丈は六尺三寸、国宝「親鸞聖人鏡の御影」を再現立体化したものです。
原型は日展作家の泰浩三郎先生、技術指導には彫刻界の権威である香取正彦先生があたられました。鋳匠は富山県高岡の老子次右衛門氏があたり、基礎台石には地元を流れる箒川の自然石が使われています。

蓮如上人像

御身丈6尺の蓮如上人像が1995年に建立されました。

芭蕉の句碑

正浄寺のある地域が「花の佐久山(咲く山)」とよばれていたことにちなみ、芭蕉の句碑が建てられました。
花の陰 謡に似たる 旅寝かな
芭蕉は花と謡曲の「二人静」とをかけて、ひとときをまどろんで旅を続けました。
かつて宿場町として栄えた佐久山に非常に合う一句です。街道沿いにあったものですが、火災にて赤く焼け正浄寺境内に移されています。

喚鐘

中興開基源慶法師代(文化五年) 佐野鋳物師、戸室十郎兵衛作。
寄進 高橋惣助「佐久山御坊輪番源慶」とある。

水準点

水準点標識「几」号、佐久山驛北口正浄寺門前川越阿弥陀如来石塚1751421m、5779689尺、東京霊岸島より陸前塩釜至る水標(明治9年)

無形文化財 雅楽
葬儀法要
法 話

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